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高松高等裁判所 昭和28年(う)923号 判決 1954年2月18日

控訴人 被告人 神森武貞

弁護人 深田小太郎

検察官 大北正顕

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中四拾日を本刑に算入する。

理由

弁護人深田小太郎及び被告人の各控訴趣意は夫々別紙記載の通りである。

弁護人の控訴趣意第一点について。

論旨は原判決が証拠に基かないで累犯加重の原因となる前科を認定し累犯加重の法条を適用したのは違法であると謂うのである。仍て原判決を検討するに原判決は累犯加重原因たる前科として「被告人は昭和二十六年九月三十日松山地方裁判所西条支部において窃盗罪により懲役一年以上三年以下の刑の言渡を受け同年十月五日右刑確定し、昭和二十七年減刑令により懲役八月以上二年以下に減軽せられ当時右刑の執行を受け終つたものである」と判示するのみで右前科の事実を認めた証拠を掲げていない。しかし、累犯加重の原因となる前科は判決にこれを判示することを要するけれども、罪となるべき事実ではないから審理において証拠上これを認め得る限り判決に挙示することは必ずしも必要でないと解するところ(刑事訴訟法第三百三十五条参照)、本件記録に徴するに右前科及びその執行を受け終つた事実は被告人が原審公判廷においてこれを認めているところであるのみならず(原審第一回公判調書参照)、検察官より公判廷において提出された前科調書(記録第四一丁)によりこれを肯認することができ、原判決が累犯加重の原因となる前科につき証拠を掲げていないからといつて違法であるとはいえない。またその前科が懲役刑であつたことは右前科調書の記載に徴し極めて明瞭である。これを要するに原判決が原判示の如く累犯加重の原因となる前科を認定し本件につき累犯加重の法条を適用したのは相当であつて、論旨は採用できない。

同第二点及び被告人の控訴趣意について。

論旨はいずれも原判決の量刑は重きに過ぎると謂うのである。仍て本件記録を精査して考察するに本件は賍品処分前に検挙され賍品の大部分は被害者の手に返つているけれども、被告人は昭和二十四年以来少年院へ送致されること三回に及んでいる外前記の如き窃盗罪の前科があることその他諸般の情状を考量すれば、原判決の科刑(懲役一年以上三年以下)が必ずしも重きに失するとはいえない。被告人は未だ少年であることその他各論旨主張の諸点を考慮に容れても原審の量刑は相当であつて、論旨は採用し難い。

仍て本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条刑法第二十一条刑事訴訟法第百八十一条第一項但書により主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)

弁護人深田小太郎の控訴趣意

第一点原判決は証拠に基かないで累犯加重の法条を適用処断した違法あり破棄を免れない。原判決挙示の証拠中には被告人の前科殊にその前科が懲役刑のものか禁錮刑のものかを知るに足るべき証拠が全然認められない。即ち判示「被告人の当公判廷における供述」即ち記録中の第一回公判調書の末尾編綴の「被告人神森武貞の供述調書」の記載中には只単に前科調書記載のとおり読み聞けたとあるのみ、又二ケ月の仮出獄の恩典に浴し本年七月二十一日に出獄したとの供述記載は認められるが、その罪質罪名も判らずその刑が懲役刑であつたか禁錮刑であつたかを知ることができない。他面刑法第五十六条累犯加重の要件には懲役刑の前科に限り然りとされ、又少年法第五十二条によれば懲役又は禁錮をもつて処断し得ることに規定されているのであるから彼此を検討するとき原判決挙示の証拠のみでは未だ前刑が懲役刑であつたと認定するに足る証拠が無い。従つて又これに累犯加重の法条を適用処断することも違法である。然るに原判決は敢えて窃盗の前科を認定し同法条を適用加重処断したのは明かに証拠に基かないで前科の窃盗を従つて懲役刑を認定し惹いて累犯加重の法条を適用したのは違法と云うべく判決に影響を及ぼすものであるから破棄を免れないものと信ずる。

第二点原判決の量刑は不相当である。一、被告人提出の昭和二十八年十二月十八日附控訴趣意書にも記述の通り本件は僅かに上布団、敷布団の各一枚と毛布一枚のみが主たる賍品で而もその時価は被害者の申告通りの価額にして僅か二千六百円位であり、且又三点共即日被害者に還付されているのである。殊に他の二点中男物袷衣は被告人の警察における第一回供述調書(二八、一〇、一四)の第十六項に明かな如く全然窃取しておらず柿の如きも僅か三ケ位食べたのみで決して一貫匁ではない。従つて実害は殆んどないと云うのが本件事案でありその真相である。二、動機の如きも被害者が番小屋の戸締りもしてなかつたから侵入を容易ならしめたものであり、他面被告人が郷愁に駆られ親許に帰らんと考え所持金の不足を感じていた矢先、たまたま品物が目についたため急に悪心を起した全くの偶発事件に外ならぬのである。(前記供述調書の第十七項と検察官に対する被告人の供述調書二八、一一、七、第四項とを参照願います)三、記録中の少年調査票の記載によると中学三年頃より再三少年院の厄介になつているが既に本件犯行後は痛く改心更生の希望に燃えている事実は警察及び検察官の取調べに際しても前非を後悔しており更に被告人提出の控訴趣意中の「私の犯した罪に対しては身心共に後悔し云々私も両親の生存している間に更生した姿を両親に見て貰いたい旨」の陳述によつても明白である。四、なお又若年で前途有為の青年である。今や祖国再建の途上に在る日本に必要不可欠のものは青年であることを想うとき以上諸般の情状を考量するとき検察官の求刑通りの原判決の量刑は重きに失するものと思料されるから之を破棄の上、更に御同情有る御判決を賜はりたい。

被告人の控訴趣意

私は此の判決は不正当に思ひます。此の件はどうしても一-三年の刑期は高すぎると思ひます。なぜならばとつた品物を持つて居る時につかまつたのですから私は窃盗未遂と思ひます。品物は全部本人に返しました。金額にして約二千円すこしの品物でしたからです。私は此刑期は八ケ月、一年位の刑期ではないかと思つて居ります。私も自分のおかした罪は身心ともに後悔して居ります。前科が有るから有刑、前科がないから無罪にすると云う事にはならないと思ひます。前科があるから又前刑のとおり刑にすると云うのはなんだか犯罪少年は此の世の中にはいらない人質の様に思つて居る人が社会には大部居る様で有ります。私は今度初めて此の社会にぶつかつて来た思ひが致します。犯罪少年はもう少し暖い気持でむかえてくれると思つて居りましたが出所致しますとすぐに皮肉を云はれました事が有ります。それで又犯罪をおかすのではないかと思ひます。私も出所致しまして一生懸命になつて働いて居りましたが社会のつめたさについ負けてしまいました。明るい社会の人々が居る社会がほしいものです。ですから私は此の暗いつめたい社会を明るくしてもらいたいと思ひます。私も自分かつてな事ばかり云つて居りますが自分の悪い事は身心ともにおわび致します。私の刑期は一年以上三年以下です。此の刑期は前刑にたとえて判決されたのです。私は不服でありますからもうすこし考えてもらいたいと思ひます。私には老いた両親が有ります。此の両親の居る間に私の更生したすがたが見てもらいたいのです。なにとぞ暖い慈悲を持たれまして判決をお願ひ致します。

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